2011年11月3日木曜日

I returned to the fold!!

I left Japan for Fiji (27/10/11). 



成田を13:55に出発。母親と姉と姉の友達が見送ってくれました。

今まで、せいせいと旅行をしたことの無い母が成田空港に来るのは初めてのこと。
今度、フィジーに来るための下見です(笑)。


みんな、ありがとう。

一人になると、なんだか少し寂しくなり、どっと疲れが出ました。
韓国経由。インチョンまでは2時間半しか無いのに、ほとんど記憶がありません。



インチョン国際空港。すっごく広くて・・・今度インチョンに来たら、絶対にマッサージを受けようと思っていたけれど、動くのが面倒になって断念。


代わりに、カプチーノを飲むことに。
ウォンで値段が書いてあるから、いくらか全然分からず、聞いてみたら「400円」だったので、「500円」出すと、こんなコインが返ってきました。
日本円のおつりは無いらしいけど、これで100円分のはず。
この中に不思議なコインが1つ・・・



なんでこれだけくっついているんだろ??5枚分??



気持ちを切り替えて・・・せっかく韓国にいるので、冷麺を食べることに。
まぁまぁでした。
ここからが長旅なので、あっさりした麺を食べることができて良かった★



飛行機に揺られること・・・何時間だろ?
韓国を20:00位に出て、フィジーに10:00位に着いたから・・・10時間かな?

なんていったって、私が日本に帰っている間にフィジーではサマータイムが始まってしまったので、なんだか時間の感覚がよく分からなくなってしまったのです・・・。ちなみに、日本との時差は4時間になりました。


フィジーの国際空港ナンディからバスに乗り・・・3時間超。JICAオフィスに到着。いろいろ手続きをしました。この日は同期の子が食事に誘ってくれたのでいっしょに夕飯を食べ、首都スバに宿泊。



次の日・・・ランバサに向かいました。

空港に行くと、「この飛行機は、大きくないけれどいいか?」と聞かれました。
「いいか?」と聞かれても、それしか帰る方法が無いから「うん。」て言うしかなく・・・

さらに、「14人乗りだよ。」と言われ・・・聞き間違いか?と思ったけど・・・
すぐさま「手荷物持ったままここに乗って。」と言われて、荷物といっしょに体重を量られました(苦笑)。



ネットか何かで、そういう飛行機があるらしいという情報は持っていたものの、まさかの初体験!
ランバサ行きの飛行機にもそんなものがあったとは・・・(笑)


人間と比較すると、こんなサイズです・・・。(ひどい恰好していてごめんなさい)
乗ろうとしている人を見ると分かるけど、搭乗するのにも体を屈めないといけないのです・・・。

中はこんな感じ。20席くらいあったけど、体の大きいフィジーの人たちは1席におさまりません・・・席に余裕があって良かった☆14席っていうのは、14人っていうことだったみたい。
通路は30センチくらいです。

高さも低いので、もう少しで天井に頭がついてしまいそうです。


もちろん飛行機は1時間遅れで出発・・・
戻ってきてすぐに、いかにもフィジーらしい体験のオンパレードでした(笑)。





ということで、私の町、ランバサ到着です。
また、活動がんばります!!





ランバサに着いたら、2通のハガキが届いていました。

1枚は南米パナマにいる同期から。
もう1枚は静岡の小学6年生の教え子から。

2人とも、ありがと★

2011年10月19日水曜日

御礼

10月14日(金) 通夜
10月15日(土) 葬儀     

ともに、無事、終えることができました。
心配してくださった皆様、本当にありがとうございました。




以下は、母からの御会葬御礼の文章です。



「一生懸命 頑張る姿を ありがとう」

夫の人生には、数々の試練がありました。三十八歳の若さで重い病を患い、以来 病気との縁が途切れぬまま今日まで至ります。
それでも夫は最後まであきらめず、努力をかさね、前を向いて、胸を張って歩んでまいりました。妻の私から見ても、尊敬せずにはいられない努力家。責任感が強く、家族を守るために土建業の仕事も限界まで続けてくれました。足を引きずりながら重い荷物を持って運ぶのは大変だったでしょうに、家に帰って おいしそうにビールを飲む表情は明るく、いつも私の方が支えられていたように思います。
休日には仲間と一緒に魚釣りへ行くのが楽しみ。自分の船を出して沖まで行き、釣った魚は生ではなくフライにするのが好きでした。農家生まれのため畑仕事も上手で、ビニールハウスを二棟使って 旬の野菜をたくさん作ってくれたものです。よくできたものはご近所の方へ、虫に喰われたチンゲンサイやホウレンソウは我が家の食卓へ・・・人を喜ばせるのが生き甲斐だった夫は、昔から本当に世話好きでおひとよしでした。家族を愛し、人に優しく、命の限り精一杯生きた背中は、私たちの誇り。心から「よく頑張ったね」と伝えたいです。
夫は平成二十三年十月十日、行年六十六歳にて永い眠りにつきました。生前お力添えを賜りました皆様へ、深く感謝申し上げます。





棺の中で眠っている父親は、本当に穏やかで優しい表情をしていました。

最後の入院の時には、食事も摂らない・自分では起き上がれない・歩けない・・・という今までに無いような状態だったそうです。しかし、その状態で退院し、母親が自宅で看病するようになると・・・少しずつ食事を摂るようになり、自分で歩くようになり、階段の上り下りもできるように。亡くなる前日には、大好きだった料理を食べ、お風呂に入り、爪を切り・・・。きっと、満足し、安心しながら眠りに就いたのだと思います。

翌朝の10月10日、朝は普通だったそうですが、少し様子がおかしいことに母親が気づき、救急車に連絡。それから30~40分後には心臓が止まってしまいました。

これだけ病院にお世話になっていた父が、自分で設計した大好きな家で、ともに頑張ってきた母に付き添われながら最期を迎えました。




色々な考え方があります。65歳。まだまだ若いかもしれません。
でも、私たち家族は誇らしい気持ちです。


それは、棺の中の父親の表情にすべてが表れていました。

「お父さん、いい顔しているでしょ。
 病院を退院してから3週間で、2キロも太ったんだよ。」

と話してくれる母は満足そうでした。




私が1歳半・弟が数カ月の時に発病し、それから27年間。
本当によくがんばったし、みんなで支えあってきた。
もう十分です。今まで生きてくれてありがとう。







これは、父親の体の一部となって支えてくれていたもの。
人工関節:4年前から父の足の代わりとなり、よく働いてくれました。
除細動器:2年前から、体の中で自動的にAED機能を果たしてくれました。







「フィジーに行っている間のできごとで、びっくりしたでしょ?不安だったでしょ?そばにいたかったでしょ?」と心配してくださる方もたくさんいますが、私は大丈夫です。父にとっては、母が一番。最期を母といっしょに迎えることができた父は、幸せです。








私は27日(木)、日本を離れ、フィジーに戻ります。
残りの期間、私の尊敬する両親に恥じない活動をしたいと思いますので、これからも応援よろしくお願い致します。

ご心配おかけして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました。

2011年10月10日月曜日

父親が星になった日

10月10日(月) 午前9時24分(フィジー時間 12時24分)

お父さんが亡くなった。


フィジーは前日から土砂ぶりの大雨。何かの予兆だったのかもしれないな。



この日は日本もフィジーも祝日で、リアルタイムで電話に出ることができたのも、何か運命みたいなものを感じる。



私は、ランバサに来てから一度もトランペットを吹いていなかったので、晴れ間が見えたら公園で思いっきり吹いて来ようと思って、昼ご飯を食べた後、支度をして外に出た。


私が家を出た時には晴れていたのに、だんだん雲行きが怪しくなって・・・ひどい雨になってしまった。


雨が止むのを待って、さて楽器を吹こうと思ったその時、電話が鳴った。
初めて、私のケータイに日本からの着信。

嫌な予感がした。






私は楽器のケースを開けることなく、家に帰った。帰り道はやっぱり雨で、傘で顔を隠しながら歩いた。





父親は私が幼い頃から病気で、私は、いつも父親の病状を気にしながら家事を手伝ってきた。

今までに入院した回数、私が覚えている限りで13回。

普通の人の13倍生きたんだと思うと、尊敬する。
手術はいつも命に関わるものばかりで、その度に覚悟してきた。

私が出国する直前にも入院。
私がフィジーに来てから退院し、また入院。
集中治療室に入り、手術。
それを乗り越えて退院し、また入院。

2週間前に退院し、家で療養を始めたばかりだった。


こちらに来てからもいつもお父さんのことが気がかりだった。
お母さんに任せて来てしまったことを申し訳なく思いながらも、帰国したら思いっきり親孝行しようと思っていた。自分の決断に迷いは無かった。そして、心の中のどこかで・・・覚悟していた。



ごめんね。お父さん。最後にいっしょにいてあげられなかった。
ごめんね。お母さん。こんなときに力になれなくて。

そして、今まで本当にありがとう。




お父さんが星になった日、フィジーの空に星は一つも見えないだろう。
実感の湧かない私の代わりに、空が大泣きしている。



14日(金)お通夜
15日(土)お葬式



間に合うように日本に一時帰国します。

2011年10月7日金曜日

Naigani Island

I visited Naigani Island in 2weeks holiday.

このタームが始まる前の2週間のお休みを利用して、2泊3日でナインガニという小さな小さな島に行ってきました。







小さなボートでNatovi jetty(ナトビジェッティ)という船の乗り場を出発です★






ボートが小さいので、けっこう揺れるけど、清水生まれで船好きな私にとっては快適空間。





とっても楽しい船の旅。20~30分でNaiganiに到着です。










フィジーに来て初めてこんなにキレイな海を見ました!!
すごーい!!フィジーっぽい(笑)★





カヌーに乗ったり・・・




海の中をのぞいてみたり・・・







朝日を眺めたり・・・







なんだか、南の島にいる!!っていう感じの時間を過ごすことができました★







ここの島、あまり知られていないんだけれど、なかなかお勧めです☆

オーストラリアやニュージーランドから来た中高年の夫婦が何組かいました。その人たちは1週間~2週間くらいここに滞在し、ゆっくりのんびりすべてのオプションツアーを堪能するみたいです。
お金と時間さえあれば、そういう過ごし方もいいなぁって思いました!!







*おまけ*

個人的には大好きなパターン。


何か変だなって思いませんか??
2キロで3.64$・・・ そして、4キロで7.95$


多い方の4キロを買っても全然お徳用じゃない(笑)。
少ない方の2キロをいくつも買った方がお得です!



フィジーでは、こういうことが頻繁にあります(笑)。
でも、こういうところが大好きー★


2011年10月1日土曜日

Flour clay (小麦粉粘土)

I took the lesson of clay in class1/class2!!


気が付けばもう10月。フィジーには四季が無いので、なんだか実感がありません・・・
こちらに来て3カ月が経ちました。



Fijiには、teacher's guideという物があって、それに沿って授業をすることになっています。

でも、その中身は・・・海外の教育をはめこんだ形になっているので、フィジーの実態とは合っていません。材料のそろえられないものがあったり、かなり難しい知識が入っていたり・・・なかなか一言では言い表すのは難しいのですが、現地の先生たちにとっては、とても扱いづらい内容が組み込まれています。

そのギャップを少しでも埋めるのが私の役目!!
国から出されているteacher's guideをアレンジした活動を紹介し、現地の先生方が取り組みやすいように工夫します。




例えば・・・teacher's guideのclass1/class2の図工では、plasticine(clay:粘土)の授業が入っています。


でも、粘土を持っている学校はほとんどありません。粘土のようなものは一応売っているけれど、高いし、量が少なくて、授業の中で扱うのには適していません。



そこで・・・粘土を作るところから始めました!!




この粘土の正体は・・・flour(小麦粉)です。


フィジーの人たちは、小麦粉で作ったロッティ(ナンの小さい版のようなもの)を毎日のように食べるので、どの家庭にも絶対に小麦粉が常備されています。そこで、各家庭から1カップずつ小麦粉を持ってきてもらって、こねてこねて・・・小麦粉粘土を作りました★



子どもたちは、一生懸命こねて・・・丸めて・・・のばして・・・切って・・・
粘土細工は初めてのようで、粉まみれになりながら楽しそうに活動していました。






途中から先生も参戦し・・・(笑)





めっちゃリアルな虫が完成!!

私の頭の中には無かった作品。やっぱり、人の想像力って面白い。
きっと、このクラスの子は、もっといろいろな物を組み合わせて発展的な作品を創れるようになるんだろうな。先生が参加してくれて、とても幸せな時間でした!!





他の学校でも何度か挑戦してみました。平面的な作品だけでなく、立体も作れるようになって、作品の幅が広がります。





こんな感じで授業しながら先生たちとアイディアを共有しています。

最初はちょっと面倒くさいけど、先生たちが「やってみよう」と思って自分で取り組めるようになればいいな。







flower arrangement  ラウンドのアレンジ
基本的な生け方は日本と同じ。色鮮やかなアレンジになりました★


ちなみに・・・「flour(小麦粉)を持ってきてね」という先生の指示に対して、「flower(生花)」を摘んで持ってきた子がいたみたいで、かわいかったです(笑)。







話は変わって・・・
フィジーには Fiji Gold/ Fiji Bitter/ Fiji Premiumという3種類の定番ビールがあります。


私がお酒好きで、晩酌を続けていると思っている人も多いようですが・・・実は、家でお酒を飲むことはほとんどありません。来客があった時くらいかな。
もちろん、フィジーに来てからもそうです。



が、しかし、とうとう一人でビールを飲み始めてしまいました・・・(笑)。
これはヤバイ!!


活動が終わって汗をかいて家に帰ってきて、すぐにシャワーを浴び・・・料理をしてビール片手に夕飯。片付けして次の日の準備をして疲れ切って寝る。なんて贅沢な生活なんだろう。

私のお気に入りは、もちろんFiji Bitter★がっつりした味がフィジーの気候に合っていて、かなりの頻度でお世話になりそうです(笑)。




富士山初冠雪のニュースを見ました。
だんだん日本は涼しくなってきたのでしょうか??
フィジーはここから少しずつ暑くなるそうです。私の皮膚も少しずつ色が変わり、現地の人に近づいてきました。帰る頃にどうなっているのか心配です・・・。

2011年9月26日月曜日

My activity!! 本格始動

9月5日からTerm3(3学期)が始まりました。と同時に私の活動も本格始動です。

今回のタームでは、タウン近郊の学校8校を巡回することにしました。
2週間で1周できるように計画したので、隔週で同じ学校を訪問します。





記念すべき第1校目!!

こんな感じできちんと校舎があって、制服もあるんです。




私のフィジー最初の授業は、class1 collage(コラージュ)の授業でした。
担任の先生も手伝ってくれました。



全員がのりを持っているわけでは無いので、みんなで共有です。

今までは絵を描いてその中に貼っていたみたいだけど、class1(年長さんの学年)の子たちには、それはちょっと難しいので、紙で形(シャツ)を作り、はみ出さないように貼ることにしました。








続いてclass2
紙皿やカレンダーの紙を使って円を作り、半分に折って半円に。paper construction(紙工作)です。半円の形を利用して、ボート・ケーキ・リンゴ・バッグ・動物・・・オリジナルの作品を作ることができました。


自分で考えて作ることが苦手な子が多いので、こんなふうに色々な作品が完成すると、うれしくなります。単純に経験が少ないことが大きな原因だと思うけれど、先生の真似・友達の真似だけでなく、自分のオリジナルを大切にしてもらいたいな、と思っています。





残った紙皿で・・・(笑)。
こういう姿を見ると、やけに安心しちゃう。廃材を利用して遊ぶのは、万国共通ですね!!








class3  soap with paint
フィジーは途上国と言っても中進国。クレヨンも絵の具もあるんです。みんな学校で共有だけど。
もちろん、買っていない学校もあって、使える学校とそうでない学校はありますが・・・



今回は、絵の具を洗剤で溶いて、しゃぼん玉のようにして背景を作りました。
このしゃぼん玉を生かした作品にしたかったけれど、私の説明不足(語学力不足・・・)。統一性の無い作品になってしまったけれど、この子たちにとってはこれが初めての体験。担任の先生が繰り返す中で、発展していけばいいな。



とは言っても、みんな思い思いの絵を描いていて、想像していたよりもきれいでかわいらしい作品になりました!!特に、個人的には、上の方の写真の山の上を飛んでいる”カモメ”がお気に入り。






これも class3   crayon etching
日本でも小学校でやりますよね??最初に明るい色で塗りつぶして、その上から黒のクレヨンでカバーリング。先のとがった物で絵を描くと・・・





カラフルな絵が現れる!!
この子は色を力強く塗ることができたので、とっても鮮明な絵が現れました。








いつかは、混色を使いながらダイナミックなオリジナルの絵を描かせてみたいな。なんて高い目標を抱いているけれど・・・


フィジーで図工が本格的に始まったのはここ数年。それでも、まだ取り組めていない学校もたくさんあるから、とにかく経験が足りない。はさみを上手に使えない子・のりの量が分からない子・絵の具を初めて使う子・・・。


日本の子がダイナミックに絵を描けたり、創造的な作品を仕上げたりできるのは、それまでの経験・イメージがあって、そこに先生の指導力が加わるからなんだなって痛感する今日この頃。



最初はだれかの真似でも仕方ないから、ここフィジーで使えるものを利用して、たくさんの経験をさせてあげたいと思う。そして、現地の先生が「やってみよう」と思ってくれれば、未来に繋がるはずだから★






フラワーアレンジメントも続けています!




ということで、私の活動も本格的に始まりました!
焦らず、自分にできることを考えながら現地の先生のお手伝いができたらな、と思っています。




日本は少しずつ涼しくなってきたようですね。実りの秋。充実した生活を送ってください★
秋刀魚、食べたいなぁ(笑)

2011年9月20日火曜日

ジェントルマンの育ち方

かなり前のことになりますが・・・

友達になった店員さんの家に呼ばれて、遊びに行ってきました。





タウンからバスで20分くらいかな。
周りはさとうきびだらけ(笑)








家の周りはこんな感じで、隣の家まで数100メートル。

ちなみにこのヤギは、その家の家畜です★








タイトルにあるジェントルマンはこの少年。class7(日本で言う小学6年生)なんだけど、すごくしっかり者でやさしいんです。






妹のことをすごくかわいがっていて・・・すごく仲良し兄弟。妹はclass3(小学2年生)。
川の中を先導するのはお兄ちゃん。お兄ちゃんが前を歩いて、私たちのために歩きやすい道を作ってくれます。







この家の料理はこんな感じ。私がスパイス得意じゃないことを知っているから、スパイス少なめにしてくれました。そして、きゅうりを好きなこと知っているから、きゅうり山盛り★


私の器が空になりそうになると、あの男の子が、「Take some more.」って言っていろいろなおかずを私のところに差し出してくれる。いつも私のこと気にかけていてくれるんです。尊敬。






「ココナッツジュース飲む?」って言って、気が付くと、こんなところにいました。

足でけり落として、家族全員分のココナッツを取ってくれました。その後、ナタでカットして、コップにジュースを入れて差し出してくれるお兄ちゃん。ココナッツの中身もくりぬいて食べさせてくれました。




その後は、「シュガーケイン(さとうきび)食べる?」って言って、さとうきびを取ってきて剥いてくれました。私が食べきれなかったら、ラップにくるんで、「This is yours.」って。さりげない優しさと心配りに感動します。



タウンに出かけるときには、お母さんやお姉ちゃんが出かける支度をしている間、姿が見えないなぁと思ったら・・・一足先に支度を済ませ、タクシーを呼びに行ってくれていました。


なかなかタクシーがつかまらなくて、結局ヒッチハイクみたいになったんだけど・・・通りかかる車を見つけると、すぐに駆け寄って交渉。すごいなぁって、なんだかひたすら感心。




外国に行くと、日本人の男の人はあんまりモテないって聞くけど・・・こういう男の子の姿を見てしまうと、納得せざるを得ないよなぁ。気の利き方が違う。まだ小学6年生の年齢だけど、精神的には完全に大人。



どうしてこんな風に育つんだろう??っていろいろ考えたけど、環境の違い・宗教の違い・・・幼い頃からの習慣の違いなんだろうな。目上の人を敬う・客人を大切にする・目下の人をかわいがる・すべての物に感謝する・・・当たり前のことだけど、それが自然とできてしまう子どもたち。




この家に遊びに行って、いろいろと学ばせていただきました。











★私のマイブーム★

スルチャンバとおそろいの生地でシュシュづくり。

これが割と評判で、スルチャンバ着ながら腕にシュシュをしていると、町行く人に呼び止められて「どうやって注文したの?」と聞かれる。「自分で作ったよ。」って言うと「Oi!!(えー)」ってビックリされます。

日本に帰るまでにいくつのシュシュが出来上がるんだろう・・・すでに・・・(笑)









日本は大きな台風がきて被害も出たと聞きます。また、残暑がきびしく熱中症で体調を崩す人も多いとか。季節の変わり目、体には気を付けてください。


また、フィジー(ナンディ)で起きた事件について、何人かの方から連絡をいただきました。他国に比べて治安の良いフィジーですが、都市部では、年々治安が悪くなっているそうです。日本人というだけで、犯罪に巻き込まれる可能性は高くなることは当然のことなので、十分に気を付けながら生活したいと思います。